私の体は音楽と映画と旅でできている

タイトルのまんまのブログ。中年主婦が映画、音楽、旅行について思いつくままに書いてます。

【映画評】惑星ソラリス

監督・脚本:アンドレイ・タルコフスキー
出演:ドナータス・バニオニス/ナタリヤ・ボンダルチュク/アナトリー・ソロニーツェン
撮影:ワジーム・ユーソフ
1972年度・ソ連映画

Amazon中古でBlue-rayが2000円で出ていたので購入しました。
昔、BSかCSでやったのをVHS録画してたんですが、DVDに切り替えた時、処分してしまったんですよね。

f:id:kiaralovesharp:20190223155420j:image

惑星ソラリス Blu-ray 新装版

惑星ソラリス Blu-ray 新装版

 

 

21世紀の地球。世界中の科学者が宇宙の彼方の未知の惑星ソラリスに注目していた。
地表がすみれ色の海に覆われたその惑星は一見何の変哲もないが、それ自体が複雑な自己修正能力を持った高等生命体であり、人の思考を思うままに実体化する事が出来る。

心理学者のクリス・ケルビンソラリスを研究している宇宙ステーションに調査の為に送られるが、やがて彼の前に10年前死んだ妻のハリーが現れる。

私は特にタルコフスキー信者でもなく、この人の映画を観ると体調が悪い時には必ずと言っていいほど睡魔が襲ってくるのだが、映像の素晴らしさは認めないわけにはいかないし、この「惑星ソラリス」などはもう別格で何度観ても、新たな発見がある。

それは失った者をもう一度取り戻したいという普遍的なテーマと誰もが持つ郷愁を息苦しいほど切なく描いているからだ。

軌道ステーションに送り込まれたクリスを出迎えたのは、80人以上収容のはずの基地に残っていたわずか3人の科学者と、そこに決しているはずのない子供や女性が基地を徘徊するといった奇妙な現象だった。

科学者の一人はこれに耐え切れずに自殺し、クリスに警告を与える為、ビデオを残していた。やがて、彼はその不思議な現象を身をもって体験する事になる。

何と彼の目の前に突如、10年前に死んだ妻のハリーが現れたのだ。
1人目のハリーは迷わず宇宙船の乗せて飛ばしてしまうが、2度目に現れた彼女を次第に愛する様になる。彼女が、彼の知るハリーそのものだったからだ。

もちろん、彼女は彼の思考の実体化に過ぎず、その彼女が自覚しているのは彼の記憶の範疇であり、彼女自身の記憶は他になにもない。
しかし、彼女には感情があり、彼が彼女を人間として扱う事によって、彼女は人間の女性らしく振る舞うようになる。他の科学者達は、突然に現れる幻を「お客」と言って完全に切り離して考えているが、クリスはハリーの事を自分の「良心」だと主張。
そう、良心を邪険に扱う事などどうしてできようか。幻とわかっていてもその妻を愛してしまうクリスの心が切なくも哀しい。

クリスの哀しみや想いが伝染したのか、人間らしい感情を見につけたハリーは自分の存在価値に疑問を抱き、やがて絶望し自ら命を絶ってしまう。
それはまがい物であるはずの彼女が彼を愛し過ぎた為の悲劇であり、クリスが彼女を人間として扱った事への罰でもあった。

『人間はなぜ苦しむのだろう』
と苦悶するクリス。
『人間が複雑になったからだ。古代はもっと単純だった』

確かに日々の糧を得るのが精一杯の時代には自分の生きる方向性で悩む事などなかった。
こういう哲学問答が随所に見られるのもこの映画の特徴。

ソ連の映画という事もあり、SFXは当然稚拙だが、それでも充分楽しめるのはこれはSFXに比重を置いた作品ではなく、人間の心の深部を掘り下げた作品だったからだ。

クリスの言動を通して予想もできない「未知の出来事」に出くわした時の心の有りようというもの考えさせられずにはいられない。タルコフスキーはこの作品は自分の作品の中では一番の失敗作だったと言っているが、私は最高傑作ではないかと思う。

やがて、クリスの脳電図によって変調されたX線のビームを海に照射すると不思議な現象はぴたっと止まった。しかし、ラストにはあっと驚く映像が用意されている。

水のイメージにこだわるタルコフスキーだが、これほど郷愁のイメージと水がうまく結びついた作品は他に類を見ないだろう。

ところで、冒頭の近未来のシーンに首都高が映るのが見物だが、当時のソ連にしたら高層ビルが立ち並び、ネオンの洪水が溢れた日本の都会は充分近未来的だったのだろう。